『地に足をつけて生きろ!加速文化の重圧に対抗する7つの方法』イントロダクション一部公開

地に足をつける

機動性ばかりがもてはやされる現代において、根を下ろすのが難しいとしたら、私たちはいったいどうしたらいいのだろうか。ただでさえ、ああしろこうしろと注文ばかり増えていく昨今、これ以上読者に負担をかけたくない。しかし本書のメッセージをあえてはっきり言うなら、「地に足をつける」ということだ。自分の足で立つと言ってもいい。これは言うほど簡単なことではない。成長・変化・変容・イノベーション・学習などの概念が躍動する文化の中では「地に足をつける」ことなどしたくない人も少なくない。加速文化で大いに結構というわけだ。私に言わせれば、加速ばかりしていたらバランスを失って人生航路を狂わせるリスクがあるが、それも各人の自由だ。生き急ぎたい人は本書を読まなくていい。本書を読んでほしいのは、地に足をつけて生きたいが口に出してそれを言えない読者である。自分の足で立とうとしても、頭が固い、強情だ、頑固だ、などと決めつけられたかもしれない。

「地に足をつける」のは難しい。実存的不安と不確実性が現代社会を覆っているからだ。その結果として、セラピー、コーチング、マインドフルネス、ポジティブ心理学、成人発達理論などあらゆる種類のガイダンスが横行し、私たちはいいカモになっている。ダイエットや健康やエクササイズの分野で登場した立派な宗教が、次々と新しい命令を下し始める。何を食べたらいいかが血液型で決められたかと思えば、次は石器時代の祖先の食生活で決められる。私たちは皆、目的と方向性を失い、成功と進歩と幸せの最新のレシピを探し回っている。この「私たち」に私自身を含めるのにやぶさかではない。これは集団的な依存状態のようだ。カール・セダーストロームとアンドレ・スパイサーは、この心理状態を「ウェルネス症候群」と呼ぶ。タバコやアルコールの依存が減る一方で、大勢の人たちが生活習慣指導者・自己啓発・健康アドバイスに依存するようになっている。無数のコーチ、セラピスト、自己成長専門家、ポジティブコンサルタントが出現し、数え切れないほどの自己啓発書や7ステップガイドが出版されている。食事や健康、自己啓発や有名人の伝記が常にベストセラーリストに入っている。そこで私は本書を7ステップガイドの形式で書くことにした。これによって加速文化に蔓延するポジティブ思考や発達・成長についての概念をひっくり返したいと思っている。読者の皆さんの人生にすでに巣食っている流行の固定観念にも気づいてもらい、それに対抗するボキャブラリーを身につけてもらいたい。本書を反自己啓発書として読み、人生について考え、生きる方法を変えるきっかけにしてほしい。

地に足をつけて加速文化を生き抜くために、私はストア哲学から学ぶことを推奨する。ストア派の教えは、自制心、心の平穏、尊厳、義務感、そして人生の有限性を考察することを教えてくれる。こうした美徳を学ぶことによって、私たちはうわべの成長や変容に惑わされることなく、深い充足感を育むことができる。ストア派の思想はそれ自体が魅力的な伝統であり、西洋哲学の礎石のひとつだが、ここでは純粋に実用的な理由で紹介する。私がストア哲学を当時の文脈で正確に解釈しているかどうかよりも(おそらくしていないだろうが)、現代社会における有用性にこそ関心があるのだ。ストア派の思想の中には私自身が支持しないものもあり、本書では取捨選択して活用していく(詳しくは巻末の付録を参照)。

古代ギリシアに発祥したストア哲学は、後にローマの思想家たちに継承され、セネカ、エピクテトス、マルクス・アウレリウス、キケロなどに代表されている。本書では彼らの思想を紹介するよりも、次のような現代社会の課題に応えるためにストア派の思想を利用する。

・現代ではポジティブ思考(実現したい夢をイメージする)が推奨されるが、ストア派ではネガティブ思考(自分が所有しているものを失ったらどうなるか)を推奨する。

・現代では常にチャンスのことを考えろと言われるが、ストア派では自分の限界を知って祝福しろと言われる。

・現代では感じるままに生きることを期待されるが、ストア派は自制心と感情の抑圧を教える。

・現代では死がタブー視されているが、ストア派では日々己の死を想い、今生きている命に感謝する気持ちを育むことを推奨する。

つまり本書は、加速文化が突きつけてくる成長・発達の要求に対抗できる言語を獲得したい読者のためにある。無限の成長と文化的な加速に目のくらんだ哲学の影響で、私たちはさまざまな危機(生態学的・経済的・倫理的)に直面している。ストア派思想は万能ではないが、のべつまくなしに成長や適応を求められるよりも、地に足をつけて自分自身の現実を受け入れる新しい生き方を見つけるきっかけになるだろう。こう言うと保守的に聞こえるかもしれないが、私に言わせればある種の保守主義のほうが加速文化においては真に進歩的なアプローチだ。地に足をつけたほうが、逆説的に、未来のもたらす挑戦に対して最も効果的に立ち向かえるのである。

もちろん本書によって集団的解決や政治的行動を要する根本的な社会構造課題が解消されないことは百も承知だ。しかし、私と同じように、教育・仕事・プライベートなどのあらゆる局面で、冷静に考えたら不条理でグロテスクに見える現代の傾向に違和感を抱いている個々の読者には参考になるかもしれない。また、逆説的だが、本書自体がその批判しようとしている個人の啓発の一例だという皮肉も承知の上である。しかし、7ステップガイドなんていう形式を真似てパラドックスを強調することによって加速文化の悪弊に注意を促したい。私の主張を裏付けるべく提示する事例は、現代の常識がどれほど歪んでいて問題があるかを明らかにするものだ。

本書の7つの章では、地に足をつけて生きるための7つのステップを紹介する。目的は、成長・適応・セラピー・ライフスタイルの達人(グル)への依存状態から読者が脱出することだ。さて、ここでポジティブ思考を習ったことのある読者なら、本書が現代社会をネガティブに捉えすぎだと思うかもしれない。その通りだ! それこそ本書が伝えたいポイントのひとつだ。不平不満、批判や非難、憂鬱・陰鬱・悲観主義も役に立つということである。加速文化の外に出て、半分入っていると言われたグラスが実は半分空からだったと気づくのも悪くない。これから7つのステップを進んでいく読者の皆さんは、自分自身でそのことに気づくだろう。他の人たちがこまねずみのように忙しく走り回り、やれシェア拡大だパートナー獲得だと次のトレンドやターゲットや達成を追い求める様子を、にんまりと余裕をもって観察できるようになる。自分も同じように駆けずり回ってきたことを悟り、それが人生を送るにはいささか未熟なやり方だとわかる。子供や若者が柔軟に成長することが重要であることに間違いはないが、大人は地に足をつけて生きることだ。

本書の推奨するネガティブ思考には独自の爽快さがある。それが自暴自棄や倦怠感、鬱などに陥る虚無的な悲観主義になってしまったら困る。そうではなく、自分の分際をわきまえ、義務や責任を引き受けることにつながるはずだ。ストア派なら知っている。人生の短さに目を向け、それにまつわる宿命的な課題について思いを馳せれば、否が応でも同じ宿命をもつ他者との連帯を感じざるを得ない。そう、誰もが同じなのだ。ネガティブ思考によって人生の諸問題を眺めて検証する時間とチャンスを得ることができる。それによって人生の大事に集中できるようになるだろう。人生の大事とは、正しいことをすること、つまり己の務めを果たすことである。

本書の当初の原稿には「7つのステップガイドを信用するなかれ」というステップが含まれていた。なかなか良い忠告だと思うが、1章まるごと使うにはちょっと薄っぺらいと判断して省くことにした。7つのステップは次の通りである。

1.己の内面を見つめたりするな
2.人生のネガティブにフォーカスしろ
3.きっぱりと断れ
4.感情は押し殺せ
5.コーチをクビにしろ
6.小説を読め―自己啓発書や伝記を読むな
7.過去にこだわれ

各章の冒頭には提言があり、それに続いてなぜそのように行動するのが正しいかを説明し、例示している。必要に応じて、ストア派の哲学者たちの洞察や、彼らの考え方がいかに加速文化の悪弊からあなたを守ることができるかについても簡単に言及している。加えて、地に足をつけるための実践演習も提供している。付録はストア派思想をさらに深く探求し、ストア派の伝統と現代社会における重要性を学びたい読者を助けるものになっている。

本書全体は7ステップガイドを装った文化批評であり、自己啓発というジャンルを卒業するための自己啓発書だと言っていい。己の内面に頼りすぎることをやめ、もっと成熟した世界観を持つことを促すものである。

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