むすびに
本書は、2020年から2021年にかけてSTARクラブという研究会でアイン・ランドの哲学オブジェクティビズムをテーマに取り上げた際の記録をevolving社が一冊に編集した入門書です。
研究会では半年にわたって毎月2時間あまりのオンラインセッションを開き、十数名のメンバーと継続的に対話し、さまざまな知的・実践的演習を重ねました。
この研究会の出席者の半数以上はアイン・ランドやその哲学についての知識を持っていませんでした。ほとんどまっさらな状態からオブジェクティビズムを学び、それが自分自身の仕事や生活、社会や人生とどう関わっているのかを探求していったのです。
アイン・ランドの哲学は歴史的に新しく、きわめて革新的です。これまで他の思想家や哲学者が提唱したことのない斬新な思想の体系を提示しています。そればかりか、「人は利己的に生きなくてはならない」という倫理的利己主義に代表されるように、世間の常識を真っ向から否定しています。そのため、多くの人たちが大いに反発し、「アイン・ランドなど見たくもない」「彼女の哲学には何の価値もない」と激しく批判や非難をぶつけたり、「あんなものは思想と言えない」「学ぶ意味がない」などと言って無視したりすることになっています。
ところがもう一方では、アイン・ランドとその思想や作品に対する熱烈なファンが大勢存在します。特に最近目立つのは、多くの起業家や実業家がアイン・ランド哲学から影響を受け、独創的な業績を上げていることです。このことはオブジェクティビズムが奇矯な抽象概念などではなく、現実世界を生きる人間の創造行為を強力にガイドする力を持っていることを示しています。
また、「利己的に生きよ」とまで言われると違和感や反感を覚える人たちも、「自分の人生を歩め」「自分の価値を大切にせよ」と言われたら、そんなことは当たり前だと思うかもしれません。アイン・ランドが説いた利己主義は、そのまま世界に浸透しないまでも、あるレベルでは時代の趨勢と言ってもいいほど広まっています。アイン・ランドの生きた20世紀の世界では今よりもずっと自己犠牲や全体主義が根づいていました。それに対して、21世紀の現代社会において個人が自分のために自分の人生を生きるのが当然だと思う人たちは激増しています。ただし、その人たちのほとんどは自分の生き方の哲学的基礎を確立していません。そのために、気持ちの上では自分中心に生きたいと思っていながら本来の人生の喜びや輝きを見失っていることが多いのです。
私自身は20代にアイン・ランドを偶然発見し、やがてその透徹した論理と情熱に打たれ、自分の人生を生きる上で大きな影響を受けてきました。過去30年の間、オブジェクティビズムの結論をたやすく鵜呑みにすることはせず、現在においても哲学的・実践的な探究を続けています。探究はアカデミックな研究に留まるものではありません。実際の仕事や生活や人間関係の現実において具体的に検証してきたものです。
本書はその探究の途上において、私が
「こう考えたら人生について考える助けになるのではないか」
「これを知ったら世界について考える助けになるのではないか」
「アイン・ランドの解き明かした人間の本質を知ったら、自分の生き方を見直すヒントになるのではないか」
と思った内容を、研究会のメンバーに紹介し、役立ててもらおうとしたものです。
本書をきっかけにして、読者の皆さんが哲学や人間、人生や社会のありように一層の興味を持ち、毎日の暮らしをもっと新鮮な目で眺める習慣を獲得されることを願っています。そして機会があればオブジェクティビズムやアイン・ランドについて対話しましょう。
田村洋一
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