『偉大な組織の最小抵抗経路』追記 ふたつの誤解を解く 全文公開

追記 ふたつの誤解を解く

自己組織化する経営システムという概念

昨今、多大な関心を集めている自己組織化する経営システムにおいて、緊張構造は成立するのだろうか。カオス理論、複雑系、自己組織化を探究している企業にとって重要な問いである。

結論を言うと、経営システムの自己組織化はたいていうまくいかない。組織の中で緊張構造を原動力にするには自己組織化では駄目なのだ。放っておけば現場のあちこちでバラバラな勢力が争い始め、揺り戻しに陥るからである。詳しく見ていこう。

カオス理論、複雑系、秩序

コンサートホールの客席で指揮者の登場を待っている。演奏者たちが舞台に現れて着席していく。100名以上の演奏者が各々の楽器を手にし、ウォーミングアップしたり、難しい箇所をおさらいしたり、チューニングしたりしている。100名以上が一人ひとりバラバラに、何千もの好き勝手なことをしている。同じ音の繰り返しはなく、それぞれの楽器のバラバラな音が合わさって、いつもの不協和音になっている。チューニングしている時間帯は、どのオーケストラも同じような音のパターンになる。

チューニングしているオーケストラは自己組織化するシステムだ。数え切れないほどたくさんの、勝手に出された音によって構成されている。示し合わせたわけではないのに、いつも同じような、予測できる音のパターンになる。
この組織について言えることは何だろうか。チューニングしているオーケストラは、組織の成功に必要だと言われるいくつもの基準を満たしている。

・共通の目的がある(それぞれの楽器を共通のピッチにチューニングする)。
・一人ひとりが共通の目的を実現するために自分の責任を果たす。
・一人ひとりがプロとしてよく訓練されていて、必要な仕事をきちんとやってのける能力を備えている。

ところが、チューニングによって自己組織化している限り、オーケストラが音楽を生み出す能力は極めて低い。オーケストラがチューニングを始めると、私たちはすぐにそれとわかる。ああ、チューニングだな、とわかり、曲の演奏だとは思わない。もしコンサートでオーケストラがずっとチューニングだけしていたら、私たちはチケット代の返金を要求するだろう。

実際には、しばらくするとオーケストラは静かになり、指揮者が現れ、指揮棒が持ち上げられ、振り下ろされ、演奏が始まる。チューニングしているときの音とは比べるべくもない素晴らしい音が奏でられる。構造的にも情緒的にも複雑で、劇的で感動的な音となる。

私たちが目撃したのは、ポテンシャルがバラバラに自己組織化した状態から、ポテンシャルがフォーカスされて約束の音楽を鳴らす状態への移行である。何が違いをもたらしたのだろうか。才能、献身、スキル、プロ意識、リソース、エネルギー、緻密さなどは一切変わっていない。

企業では、「当社は、もっと献身、緻密さ、スキル、プロ意識、リソース、エネルギーを高める必要がある」などと言うのをよく聞く。ビジネスにおいてこうした資質が役に立つ重要なものであることは間違いない。しかしオーケストラの例でもわかるように、個々の資質が揃ってもそれだけでは足りない。作曲家と指揮者がもたらすビジョン、リーダーシップ、そして構造の理解が必要なのだ。それによってオーケストラの資質が力を発揮するのである。

最も大きな要素は楽譜である。オーケストラに指揮者がいても、楽譜がなかったら話にならない。実を言えば、指揮者がいなくても楽譜さえあれば、オーケストラはそれなりに演奏できる。つまり作曲家の役割が一番大きい。

しかし、最高の楽譜があっても演奏されなかったら意味がない。作曲家、指揮者、それぞれの演奏者が演奏の中で固有の役割を果たす。役割が分かれていることで、個々人が演奏に専念することができる。最高のオーケストラは、組織統制の絶好の事例になる。人が集まって集団として力を合わせ、共通の目的を遂げる例である。組織の統制力(コントロール)は、統一指針(楽譜)×実務能力(演奏者)×リーダーシップ(指揮者)のかけ算によって生まれる。

組織が優れた構造を持てば、世界最高レベルのオーケストラと同じくらい優れたプロ集団となりうる。主題の統一指針が、さまざまな活動を通して組織中に浸透していくことになる。

オーケストラから教訓を学ぶならこれだ。統制のないバラバラな音しか生まない自己組織化システムからは距離を置くこと。そして、素晴らしい演奏(パフォーマンス)を生み出す、高度に構成されたシステムに移行することである。

構造力学とシステム思考はいとこ同士

私の友人で同僚のピーター・センゲは、ベストセラーとなった著書『学習する組織――システム思考で未来を創造する』(英治出版)の中で、システム思考を組織学習の要と位置づけている。

システム思考と構造力学は極めて相性のいい規律だ。多くの原則を共有し、呼応している。両者とも断片ではなく全体を見ることを促し、因果関係の本質的なネットワークの理解を可能にする。両者とも狭い視野から人を解放し、広い時空における事象の相互関係を見ることを助ける。両者とも組織学習を促して、人が直面する複雑な課題を協働で探究することを助ける。システム思考と構造力学の優れた共通点はまだまだたくさんある。

しかし両者には重要な違いもある。専門的な違いもあれば、思想的な違いもある。システム思考は構造力学ではなく、構造力学はシステム思考ではないと知っておくことが大切だ。同じことを別の角度から言っているのではない。両者を一緒くたにしないほうが、それぞれの良さを活かせる。

システム思考のほうが複雑さを理解する上で優れている場合もある。たとえば、因果ループ図、コンピューターモデリング、アーキタイプ診断などを使うときである。構造力学のほうが優れている場合もある。因果パターンや組織の業績傾向を理解して記述するときなどだ。ビジネス戦略と経営の実践のために組織をデザインするツールとしては、構造力学のほうが優れている。ふたつの異なる規律があるのだから、私たちは違いを理解して最善の使い方をすることができる。

両者の専門的な違いのひとつは、それぞれのアプローチにおける中心的なメカニズムだ。構造力学では緊張構造がそれである。システム思考ではフィードバックループである。MITのジェイ・フォレスターの研究グループがシステムダイナミクスでそれを示している。

複雑系を理解するために、システムダイナミクスでは2種類のフィードバックループを用いる。ポジティブフィードバックとネガティブフィードバック、または強化ループと均衡ループなどと呼ばれる。強化ループは一方向に動きを強化する。均衡ループは方向性を弱め、均衡を生み出す。

強化ループは収穫逓増(しゅうかくていぞう)の法則を生み出す。「増えれば増えるほど増える」という原理である。銀行に預金すれば利息を生み、原資が増え、さらに利息を生む。成長が成長を呼び、衰退が衰退を呼ぶ。

均衡ループは、固定目標からどれだけ離れているかを見ることで成長を制限する。たとえば、サーモスタットには設定した温度(固定目標)があって、室温が設定温度よりも低くなると暖房がつき、設定温度を超えると暖房が止まる。そうやって室温の均衡を保っている。

強化ループと均衡ループからなる複数のフィードバックループが組み合わさって、複雑なシステムが形成される。システムダイナミクスはフィードバックループという道具を使って、社会・経済・生態系・組織のシステムの複雑さを分析する。昨今では多くの企業組織がループ図を使って重要課題を分析するようになってきている。

システムダイナミクス(システム思考)においては、フィードバックループが基本単位だ。言語にとって言葉が、数学にとって数字が基本単位であるのと同じである。構造力学においては、緊張解消が基本単位だ。構造コンサルタントは、組織内の支配を巡って競合する複数の緊張解消システムを分析する。そして、組織の中の人たちと一緒に、新しい緊張解消システムのダイナミックな関係を創り出し、最小抵抗経路が会社の目標に向かうようにする。それが組織の真の志と価値を実現するための基礎となるのである。

 

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